2023年4月22日(土)日経新聞朝刊
Allmpact(5)
「『AIネーティブ』揺れる教育」
受け入れか、排除か。
優れた対話能力をもつAI「ChatGPT」などの扱いを巡り、学びの場が揺れているという記事。
日本は受け入れの傾向だろう。
4月10日には、チャットGPT開発のオープンAIトップが岸田首相と面会した。
大学でも、東京外大は授業での活用ルールを教員と学生で定めるよう促し、東京大もAIだけを使った論文作成は認めないが、活用法の議論を始める方針を示したとある。
ニューヨーク市は学校での使用を禁止、シンガポールの教育相は容認と様々のようだ。
また、インターネットの検索で、どのような言葉を入力すれば、より適切な結果を得られるのかと同じように、AI に対して適切な質問や指示を与えることで、より望ましい結果を引き出す技術『プロンプトエンジニアリング』を習得する動きも拡大している。
今後は、AIをどう使うかに議論が移って行くだろう。
教育については以下のようにもある。AIがここまで進展する前からやっておくべきだったとも感じるけれど。
引用
「これからは幼少期からAIが身近な『AIネーティブ』が社会を担う。
『既に答えがある問題』はAIで対処できる。知識の暗記と再生のうまさを評価する教育は意味をなさなくなる。
高校教諭出身でAIを使った教育に詳しい佐藤俊一・元山形大教授は『疑問を持つことは人間にしかできない。課題を見つけて問いを立て、定まった正解がない中で最適解を模索する『探究型』学習への転換が急務だ』と訴える。」
とあった。
随分前の2006年の本だが、竹内薫さんの「99.9%は仮説」に以下のようにある。こういうことが、だんだん分からなくなっていきそうで怖いなとも感じる。
引用
「科学だけではなく、わたしたちをとりまく世界も、実は仮説に満ちあふれています。親から教わることも、教科書に載っていることも、だれもがあたりまえだと思っている常識や習慣や定説も、ぜんぶがぜんぶ、ただの仮説にすぎないのです。」
分かりやすいことを信じ陰謀論が広がる。
また行動経済学では、出された質問が難しいと、それを簡単な質問に置き換えてしまうように脳ができていると発見している。
さらに、スマホの普及で脳が報酬(ドーパミン)を我慢する力が衰えてきているとも言われている。
このような状況で、このままの教育で良いはずがないと感じる。
変わらないだろうなぁと思いつつ、取り上げてしまう。